2024年7月の法改正(いわゆるフリーランス新法)により、フリーランスへの業務委託では依頼書の交付が事実上の義務になりました。口頭やチャットだけで発注していた方式は、今後は法的なリスクを抱えた運用になります。とはいえ「何を書けばいいのか」を解説する記事は少なく、あるのは汎用的な業務委託用のものばかりです。
この記事では、依頼書の役割の整理から、法定の記載事項+Web制作特有の項目を足したそのまま使える依頼書テンプレートまでを解説します。要点は次の3つです。
- 依頼書は見積書・契約書と役割が違う: 「発注の確定通知」であり、支払期日などの証拠になる
- 記載事項は法定6項目+Web制作特有5項目: 法定だけだと制作実務に足りない
- 交付は電子でOK: 紙・印紙の必須要件はなく、メールやクラウドでの交付でも機能する
私はWeb制作を受注する側の制作者で、発注書・依頼書を受け取る立場から複数の案件に関わってきました。発行側の実務を解説する記事は法務系サービスのものが中心ですが、この記事では「受け取る側が実際に確認していること」を交えて書きます。
依頼書と見積書・契約書の違い
まず、混同されがちな3つの文書の役割を整理します。
| 文書 | 出すタイミング | 役割 |
|---|---|---|
| 見積書 | 発注の検討段階 | 費用の提示。この時点では発注は確定していない |
| 依頼書(発注書) | 発注の確定時 | 発注の確定通知。業務内容・金額・期日を証拠として残す |
| 契約書 | 発注の確定時(前後) | 著作権・検収・損害賠償など、取引の細部ルール |
依頼書の本質は「発注の確定」と「支払義務の発生」を証拠に残すことです。口頭での発注は裁判上の証明が難しく、後のトラブル(「言った/言っていない」)の温床になります。金額が小さい案件ほど「契約書までは不要」と考えがちですが、依頼書1枚の交付は手軽で、証拠としての効果は大きいです。
なお、契約書で定める細部(著作権・検収・損害賠償)は契約書で確認すべき5項目で、発注後の支払い実務はフリーランスへの支払いの実務で解説しています。
依頼書が義務になった背景
2024年7月1日の下請法改正により、資本金1,000万円以下の事業者(個人事業主を含む)がフリーランス個人に業務を委託する場合も、下請法の保護対象に含まれるようになりました。これにより発注側には次のような対応が求められます。
| 発注側の義務・対応 | 内容 |
|---|---|
| 事項の明示(書面交付) | 業務内容・対価の額・支払期日等を書面(電子含む)で交付する |
| 支払期日 | 検収後、60日以内・できる限り短い期間で支払う |
| 遅延利息 | 期日を過ぎた分には遅延利息を支払う |
| 手付金 | フリーランスから手付金の支払いを求められたら、対応に努める |
| 変更・中止時の扱い | 一方的な変更・キャンセルによる損失補償のルールを定める |
「発注書等の書面交付」が義務項目に入ったため、これまで口頭やチャットだけで発注していた事業者は、依頼書を交付する運用に切り替える必要があります。スマホのメモ帳で書いた内容をPDFにして送る形でも法律上は書面交付に該当しますが、次節の記載項目を満たしていなければ意味が薄れます。
依頼書に書くべき項目: 法定6項目+Web制作特有5項目
依頼書の記載事項は、法定の必須項目と、Web制作ならではの任意項目に分けられます。
| 分類 | 項目 | 書く内容の例 |
|---|---|---|
| 法定 | 対価の額 | 「300,000円(税別)」のように税区分まで明記 |
| 法定 | 支払期日 | 「納品検収後30日以内に銀行振込」のように日数で |
| 法定 | 業務の内容・範囲 | 対象ページ数、制作範囲、素材の権利処理 |
| 法定 | 手付金 | 支払う場合は金額とタイミング。支払わない場合はその旨 |
| 法定 | 変更・中止時の扱い | 発注側都合での中止時の精算ルール |
| Web特有 | 制作範囲の明細 | 対象ページの一覧(トップ/会社概要/製品×N...) |
| Web特有 | 含まれない作業 | 原稿執筆・撮影・月次更新は含まない、等 |
| Web特有 | 著作権の帰属 | 完成物の著作権は発注側に帰属、等 |
| Web特有 | 検収の方法・期間 | 納品後◯日以内に確認し、指摘がなければ合格 |
| Web特有 | ソース納品の有無 | 納品物の定義(デザインデータ・ソース一式の含否) |
法定の「業務の内容・範囲」は、Web制作では制作範囲の明細として具体化するのが実務のポイントです。「ホームページ制作一式」では、どこからどこまでが含まれるのか分からず、追加費用の議論になりがちです。ページ一覧と含まれない作業の明記は、受注側からも歓迎されます。

書き方の例を挙げると、同じ依頼でも次の2つでは明確さが違います。
- 悪い例: 「コーポレートサイトのリニューアル一式」
- 良い例: 「コーポレートサイトのリニューアル(トップページ、会社概要、製品紹介×3、問い合わせの計6ページ。デザイン・コーディング・サーバー設定を含む。原稿・写真は発注側で用意)」
良い例には、対象ページの明細と、デザイン・コーディング・サーバーという作業の区分、素材の担当分担まで入っています。この1行があるだけで、追加作業が発生したときの「含まれていた/いなかった」の議論をほぼ防げます。
【テンプレート】Web制作の依頼書
次のテンプレートは、この記事の読者がそのままコピーして使える形にしたものです。角括弧[ ]の中身を埋めて使ってください。
| 記載欄 | 記入内容 |
|---|---|
| 発注者 | [会社名・屋号/住所/担当者名] |
| 受注者 | [フリーランス氏名・屋号/住所] |
| 件名 | ホームページ制作業務の委託([サイト名・目的]) |
| 業務の内容 | [対象ページ一覧/制作範囲(デザイン・コーディング等)/含まれない作業] |
| 対価の額 | [金額(税別・税別を明記)] |
| 支払期日 | 納品物の検収後[30]日以内に、[発注者]の銀行口座へ振込 |
| 手付金 | [着手時に対価の◯%を支払う/支払わない] |
| 納期 | [2026年◯月◯日までに納品] |
| 検収 | 納品後[7]日以内に検収し、この期間を過ぎたら合格とする |
| 著作権 | 完成品の著作権は[発注者]に帰属する |
| ソース納品 | 完了時に[ソース一式・設定情報]を[発注者]へ引き渡す |
| 変更・中止 | 内容変更・中止の場合の精算は[別途協議の上、実費相当]とする |
このテンプレートは最低限の構成です。契約書としての拘束力を高めたい場合は、契約書で確認すべき5項目の内容を足した契約書を作成し、依頼書はその都度の発注通知として使う二段構えが実務では便利です。
交付の実務: タイミングと形
運用上のポイントを4つに整理します。
- 渡すタイミング: 見積承認後、制作開始前に交付する。開始後だと「後出しの条件」になり揉めやすい
- 電子交付でOK: PDFをメールやクラウドで送る形で法的要件を満たします。印刷・押印は不要です
- 受理の確認: 相手が受け取ったことを確認できる形(メール返信、開封通知、署名)を残すと確実です
- 金額が変わったら再交付: 追加作業で金額が変わった場合は、変更後の内容で再交付します。後からの口頭変更が最も揉めやすいポイントです
相見積もりを取る段階の話になると、依頼書の前段として比較軸を揃えておくと選定がしやすくなります。相見積もりの取り方については、比較シートの形で別記事でも扱う予定です。
よくある質問
Q. 見積書と依頼書、どちらを先に出しますか?
見積書が先、依頼書が後です。見積は提案段階の金額提示、依頼書は発注の確定通知という順番です。見積の内容が確定したら、その内容を依頼書に落として交付します。
Q. 依頼書に収入印紙は必要ですか?
依頼書単体の交付は通常、収入印紙の課税対象になりません。ただし、契約書と一体とみなされる場合の取り扱いがあるため、金額の大きい案件で不安がある場合は税理士等に確認してください。
Q. 口頭+メールの内容確認だけでは足りませんか?
法的には不十分です。フリーランス新法は「書面または電子記録による交付」を求めているため、チャットの文章だけでは要件を満たさない場合があります。PDFの依頼書をメール添付するだけで要件を満たせるので、運用を整えておくことをおすすめします。
Q. 発注後に内容を変更したらどうしますか?
変更内容・変更による対価の増減・期日の見直しを記載した変更依頼書を交付します。口頭での「追加でお願いできますか」は、後の精算トラブルの典型的な原因です。
まとめ: 依頼書は1枚で、発注の確定と安心を同時に手に入れる
- 依頼書は発注の確定通知。2024年7月からフリーランスへの発注では交付が事実上の義務
- 記載事項は法定6項目(対価・期日・業務内容・手付金・変更中止ほか)+Web制作特有5項目(制作範囲・含まれない作業・著作権・検収・ソース納品)
- 交付はPDF等の電子形態でよく、印刷・押印は不要。受理の確認だけは残す
- 金額変更時は再交付。口頭変更が最も揉めやすい
受注側としても「依頼書が整った発注者」の案件は安心して取り組めます。このテンプレートをベースに、自社の運用に合わせて項目を足してみてください。
制作の依頼・ご相談はお問い合わせフォームからどうぞ。依頼書の書式についても、実際に受け取っている側の経験からフィードバックできます。